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タヒチでもイースター島でもレンタカーを自分で運転した。ずべて左ハンドル右側通行マニュアル車である。
モーレア島で坂道を登っていたらぐんぐんスピードが落ちて今にも停まりそうになってしまった。トップギアのままでは無理だったのか。シフトダウンしようにもアクセルを離した瞬間ほんとうに停止してしまいそうなのでどうしようもない。クルマなどほとんど通らないはずの後方には五台くらいついてきてしまっている。ワゴンがさかんにパッシングしてくる。わかってるってば。もうすぐ坂は終わるって。 長い坂が終わって一気にアクセルを踏み込んだ。やっとスピードが出てきたところでバックミラーを見るとワゴンはまだパッシングを繰り返していた。せっかちな奴だな。わかったよ。どけばいいんだろ。路肩に停車するとすぐ隣にワゴンも停まった。なんだ?まだ文句があるのか。 警戒心いっぱいのままウィンドウを降ろすと向こうも同じように顔を出してきた。ドライバーはアウトドア慣れしていそうな白人青年で、俺の顔を見るなりこう言った。 「落ち着いて。落ち着いて。大丈夫だ。サイドブレーキをひいてエンジンを止めろ」 ケンカを売ろうとしているわけではなさそうなので素直にエンジンを切る。音がしなくなったのを確認して青年は大きな声で続けた。 「サイドブレーキが途中までしか降りていないんじゃないのか?後輪から煙が出ていたぞ」
青年の言うとおり焼けたプラスチックのようなすごいにおいが周囲にたちこめていた。そのことを伝えるために彼はわざわざ停まってくれたのだった。 「ぜんぜん気がつかなかったよ。危ないところだった。本当にどうもありがとう」
めでたしめでたし。で終わりではない。話はまだ続く。今度はクルマを駐車して降りようとした時だった。エンジンを切ると車体のどこかから「こつっ、こつっ」という音が聞こえてきた。「なんだろう?」と思いつつ外へ出て、写真を撮って戻っても音はまだ続いていた。音だけならまだしも、音に合わせて赤いランプが点滅しているのがなんとも不気味である。 「このシグナルはいったいどういう意味なのさ」 クルマ音痴の俺には皆目見当がつかない。降りて車体の下を覗きこむと音と同じ間隔で液体がアスファルトにしたたり落ちているのが見えた。 これってヤバいよな。やっぱり。 さっき煙を吐かせたばかりのクルマである。壊れたのだろうか。壊してしまったのだろうか。
武蔵丸のような地元民が通りがかったので事情を話してクルマを見てもらう。タヒチのクルマはタヒチ人に見てもらったほうがいいだろう。トヨタなんだけどな。 武蔵丸はシフトレバーをがちゃがちゃと動かしエンジンをかけてアクセルをふかした。「ぶおーん」と空ぶかしの音がして通常のエンジン音に戻る。同じことを三回ほど繰り返すと武蔵丸は両手を広げて 「ノープロブレム。どこもおかしくないじゃないか」 と言った。だからそういう問題じゃないんだってば。エンジンが作動することは俺にだってわかってるの。ここまで走ってきたんだから。 と文句を言えるほどの語学力がないのであきらめて武蔵丸に礼を言い、シグナルは無視してそのまま乗り続けることにした。地元民が「問題ない」と言うのだから問題はないのだろう。おそらく。 走行中に爆発炎上することもなく残り半日を無事に走りきり、黙ってレンタカー屋にクルマを返し、脱兎のごとくフェリーにとび乗って島を後にした。シグナルを点滅させたまま今日もあのクルマは南の島を走り続けているのだろうか。
タヒチのレンタカーは保険がかかっているだけまだましだった。本当の恐怖はイースター島で待ち構えていた。 「この島にレンタカーの保険はない。事故を起こしたら全額自己負担になるからじゅうぶん気をつけなさい」 おいおい。じゅうぶん気をつけていても起こる事故のための保険だろうが。とにかく人間にだけはぶつけないようにしないと。がちがちに緊張しながら運転していても旅行が面白くないので保険のことは頭の片隅に追いやっていつもどおり大声で歌いながら気分よく運転していた。
そして事故は起こった。
草原の舗装道路を80km/hで飛ばしていた時だった。助手席に広げた地図に目を落とし数秒後、顔を上げるとフロントガラスの前がぜんぶ草むらになっていたのである。 声も出なかった。 そのままハンドルを左へ切って超強引に舗装道路へクルマを戻す。車外へ飛び出しボディをチェックする。サトウキビのような頑丈で背の高い野草が隙間という隙間にびっちりからみついていた。挟まった植物をぜんぶ手で引っこ抜いてまわるだけでも結構な時間がかかった。白い車体のあちこちに傷はついているが割れたりへこんだりしているところはない。バンパーと車体の間に少し隙間ができてしまっているがよく見なければわからないし機能にも問題はないだろう。ナンバープレートの右半分がめくれてしまっているのはさすがにどうにかしなければならない。拳でがんがん叩きサバイバルナイフと石を使って細部を平面に近い状態にもっていくと八割方もとの状態に戻った。ナンバープレートなんてナンバーが読めればよいのだからこれで十分だろう。
というわけで、出していたスピードを考えれば奇跡に近い軽傷で済んでしまった。イースター島にいくらでもある側溝、フェンス、電柱、有刺鉄線、岩場、牧場、対向車、モアイ、そのどれに突っこんでいても惨事になっていたはずだ。 悪運の強さを自慢したくて書いたのではない。気をつけないといつか人を殺すぞ。自分を戒めるためである。モリカワからクルマをもらうことになったので余計に。
ナンバープレートを二割方波打たせたまま今日もあのクルマは南の島を走り続けているのだろうか。
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