|
宿に荷物を置いてとりあえず無目的に歩いているうちに二時間くらいが経過してしまった。アフ・タハイのモアイ前に座り込んで休憩していると国籍不明な感じの若者が近寄ってきたので「へろ〜」と挨拶をしたら流暢な英語が返ってきた。「やあ。君はどこに泊まってるんだい?」さっきもらったばかりの名刺を差し出すと「ここなら一緒じゃないか。僕はハン。きゃりふぉるにあから来たんだ。よろしくね」と屈託のない笑顔で右手を差し出してきた。こっちも右手を差し出すと握りつぶさんばかりのものすごい力で握手をして「いい一日を!またあとで会おう」と手を振ってさわやかに去っていった。 いまのはいったいなんなんだ。 イースター島に宿泊施設は60軒くらいある。「CABANAS VAIANNY」は全6室の小さな民宿だ。ほんとに同じ宿なのか?勘違いしてるんじゃないのか?しかし彼は本当に同じ宿に泊まっていたのであった。 「やあ。気分はどうだい?」 時差ボケのままダイニングに入っていくとハン君が力強くモリモリと朝飯を食っているところだった。このクソ暑いのに長袖長ズボン。トレッキングシューズに帽子とサングラス。日本人女性だったらこれぐらい完璧な防御態勢を築き上げている人もいるけど欧米系の男でここまでやっているのは珍しい。日焼けしても黒くならない白人と違ってハン君は中国系だからあまり直射日光に当たりたくないのだろう。アメリカでは肌が黒いよりも白い方がいいんだろうな。
このハン君はとてもとても英語が上手だった。嫌味なくらいに上手かった。アメリカ生まれのアメリカ人なんだから当然である。英語圏じゃなくても欧米系の旅行者は国籍を問わずみんな英語を上手に操って旅行を楽しんでいる。ように見えた。彼らの間でも「ドイツ人の英語は発音がひどくてかなわん」とかいろいろあるんだろうけど。 今回の旅行でとにかく参ってしまったのが、相手がなに言ってるのかわからないことだった。英語を読むのはほぼ問題ない。書くのもまあ書ける。しゃべるのはかなり怪しいけど単語が出てこなかったら違う表現を考えればいいわけだからどうにかなる、ことが多い。しかし聞くのだけはどうしようもなかった。 一番困ったのがテレサさんとの会話だった。ハン君の英語聴力を10とするとテレサさんは9、俺は2か3。雑談の時はいい。問題は宿の主人対客として業務上の会話をしているときで、これは「たぶんこういうこと言ってるんだろうな」と勢いで返事をするわけにはいかないから何度も何度も何度も聞き返すことになる。それでもわからなければメモ帳の登場である。疲れているときにこういうことをやっていると心底イヤになってくる。そして必ずこう思うのだ。 俺もニュージーランド人に生まれたかったよ!
そのニュージーランド人のキャサリンとサシで雑談する機会があった。彼女は忍耐強い性格だったようで、幼児よりも英語聴力のない俺に辛抱強くつきあってくれた。日本人がどんなことを考えているのか興味があったのと彼女自身ヒマだったのが理由かもしれない。とにかく俺は秘密兵器のメモ帳と超小型和英辞典を駆使してニュージーランド人ネエちゃんとの雑談を開始したのであった。 三十分くらい話しただろうか。「俺もキャサリンやハン君みたいに英語が聞けてしゃべれたらな、って思うよ」それなら日本帰ってからすぐ勉強しろよ的な愚痴をこぼすと、キャサリンはとても意外なことを言った。 「あなたの英語は上手いわよ」 へぇー。ニュージーランド人もお世辞を言うんだな。 「どうもありがとう」誉めてくれたお礼を言って、少し経って、別に彼女はお世辞を言ったわけではないんじゃないかと考え直していた。つまり「あなたがしゃべる英語はちゃんと英語に聞こえるよ」と彼女は言っていたのではないか、と。 へぇー。そうなんだ。
日本人は、などと話を広げるつもりはない。俺に関していえば、英語を話せないことよりも聞けないことのほうに問題があるわけだ。英語なんかできなくても旅行はできる。でも、英語ができたほうが旅行は楽しくなる。英語が聞けるような耳と脳味噌を作り上げたいと思う。さて、どうしようか。英会話学校じゃダメだろう。映画は嫌いだし、洋楽より邦楽が好きだし。こうして書いてみるとこんな環境に生きていたら英語を聞き取る能力がほとんどなくて当然だという気がしてきた。 そうか。まずは意識改革からはじめなきゃいけないんだ。それなら自己暗示からやってみよう。自己暗示ってどうやるんだっけ?五円玉に糸つけて振り子運動・・・は催眠術か。えーっと、おお、そうだ。あの方法があったじゃないか。俺は部屋の電気を消し、布団の上にあぐらをかいて座り大声で唱えるのであった。 修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!修行するぞ!・・・
|
Copyright(C) 2003 Tripper