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「日本の女の子が一人いるのよ。海の人でねえ・・・」 空港から宿への車中、テレサさんが言った。海の人?なんだそれは。何度も聞き返して釣り好きの人だと解釈した。 「その海の人は今いるんですか?」
そいつはラッキーだ。島の情報を日本語で仕入れることができる。こんなところまで女一人で釣りに来るぐらいだから興味深い人に違いない。楽しみだ。だがしかし、実際に到着してみると同じ宿に泊まっていたのはハン君だけで海の人などどこにもいやしないのであった。前にそういう人が来たってことなのか?あれほど「ナウ?」って確認したのにな。俺の英語力がなっていなかったのだろう。
日本人カップルのモアイ前式結婚式を見物していた時。見物人の中を日焼けした日本人ネエちゃんが一人で歩いているのが目に入った。まず彼女はデジカメを動画モードでまわしている、俺と同じくらいの年恰好の日本人青年に近寄っていき、声をかけようとしてやめて、そのまま俺の方へ歩み寄ってきた。目線が合うとそのまま直進してきてはっきりとした声で早口に言った。 「日本人ですか?」 日本社会に距離を置いて生きている人だと直感した。「日本人<の方>ですか?」が普通の聞き方だろう。予想通り、イースター島に長く滞在しているのだそうで、今回は来てからまだ一週間しか経っていないけれども過去に何度も長期滞在していたから島民とは完全に知り合いになっているのだという。 「うわぁ日本語だよぉ。もう私超日本語しゃべりたくってさぁ」 まだ一週間だというのに心の底からうれしそうに彼女は言う。地元民と濃厚にからみあう一週間は俺みたいな一元観光客の一週間とは全然違った長い時間なのだろう。英語とスペイン語とラパヌイ語(イースター島固有の言葉)を自在に操れる彼女も、自分の心情を淀みなく話せる言語はやはり日本語なのだ。いろいろなことをマシンガンのようにだだだだだだっと彼女はしゃべり続けた。
「ここに来る日本人っていけ好かない奴が多くってさあ」 前は日本人を見つけるたびに声をかけていたのに最近はほとんど無視するようになった。その理由を彼女は語った。 「私ここに長くいるわけじゃない。警戒されるんだよね。悪い奴じゃないかって。みんなよっぽどいい目に遭ってないんだろうね」 それならばなぜ俺に話しかけたのだろう。一人目のそばまで行って声をかけなかったのに。防御の甘い奴に見えたのだろうか。 「海人Tシャツ。それ、私も持ってるんだ」 その時俺はスカイブルーの海人Tシャツを着ていた。八重山土産の海人Tシャツ。海人。海の人・・・あっ。
テレサさんが言っていた「海の人」はこのマサミさんだったのだ。
気がつくとチリ人家庭に上がりこんでカレーうどんを食っていた。移住者じゃなくて原住民の家族だからラパヌイ人家庭か。そこはマサミさんが世話になっている家で、彼女は「ホームステイ」と言っていたけれど、日本語の「居候」のほうがしっくりくるような雰囲気だった。カレーは彼女が作ったもので「うどん」は本物のうどんではなく白くて平べったいパスタだった。「ほんとにうどんっすねこれ」野獣のようにがっつきながら俺は言った。うどんより「ほうとう」が更に近い気がする。 謎の東洋人に突然乱入された家の婦人は明らかに警戒した目で俺を見ていた。そりゃそうだろう。俺は俺で少し緊張している。それまでの言動で悪い人ではないと確信を持ったとはいえ、マサミさんともこの家の人たちとも知り合ったばかりなのだ。何が起こっても不思議ではない。いけ好かない日本人である。まあでも、逃げ場のないこんな島でいきなり身ぐるみはがされたりはしないだろう。
ここまでマサミさんを見てきて、改めて彼女は日本社会に距離を置いて生きている人だと思った。自分の予定を他人の都合で変えることをしない。何か予定があってももっとおもしろそうなことが出てきてしまえばあっさり予定を変更してしまう。あなたの予定と私の予定が合うのなら一緒に行動しましょう。日本人にはドライに感じられてしまう考え方だが、イースター島で会った日本人以外のすべての人々はそういう原則に基づいて行動しているように感じられた。おかしいのは日本人の方なのだろう。 「朝日見に行くんだったら連れてってよ」 あしたアフ・トンガリキの朝日を見に行くんだ。そう言うと彼女はすぐに反応した。イースター島唯一の集落ハンガロアは島の西端にあるので住んでしまうと意外に朝日を見に行く機会がない。だから連れていってくれ。 いいですよ。それじゃ朝6:30に僕の宿まで来てください。来なかったら一人で行きますから。 なんとなく来そうにない予感がしたので念を押した。翌朝、やはり彼女は来なかった。毎日島のどこかでパーティーや飲み会が開催されている。そこで飲み過ぎたのか単に寝坊しただけなのか。とにかく予定が変わったのだろう。 旅行のコツを一つ身につけた気がする。
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