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2002年から2003年への年越しを二度やった。こんなことは今回が最初で最後だろう。12月31日の夜にアメリカ行の飛行機に乗る機会なんてないだろうから。 一度目はタヒチ行のエア・タヒチ・ヌイに乗っている最中だった。ビデオスクリーンに「A
HAPPY NEW YEAR !!!」の文字が浮かび上がり、深夜だというのに「あけましておめでとうございます」のアナウンスが流れ、客室乗務員がシャンパンのグラスを配って歩いた。日本公演帰りのイースター島ダンスチームが太鼓をたたきウクレレを鳴らして陽気な歌を静かに歌っていた。これがもし日系航空会社だったら即座にスチュワーデスが飛んできて「お客様・・・」となるところなのだが、タヒチ系航空会社なので乗務員は誰も注意せず、タヒチ人乗客は気にする様子もなく、日本人乗客が外人に文句を言えるはずもなく、歌声はずっと続いた。でも、実際そんなにうるさくはなかったので腹は立たなかった。俺はまだ起きてたし。
二度目は日付変更線を越えて12月31日へ逆戻りしたタヒチ市街の公園で迎えた。22:00くらいに猛烈に眠くなったのだが、華やかなセレモニーがあるとくやしいので頑張って起きていて20分前にホテルを出たのだった。 そして新年を迎えた瞬間!
なんにもねえ・・・
なんだよこのシケた新年は!派手にぶわーっとやってくれよ。オマエらノリノリのポリネシアンだろ?そのうちクルマがやたらにクラクションを鳴らしだした。ふーん。そうきたか。でもちっとも面白くねえ。いいや。もう寝よう。 ホテルに戻ってベッドに入り目を閉じた。どこからか地響きがする。近所のディスコだろうか。気になって眠れないでいるうちに今度は盆踊りのようなばかでっかい音量で謎のタヒチアンミュージックが流れはじめた。 飛び起きて窓を開ける。 港に野外コンサートのようなゴツいスピーカーがでんっと二つ置かれていて音楽はそこから流れているようだった。 そこにいる人間が踊り狂って大騒ぎをしているのであれば、やっぱり絶対に許しはしないけど、異文化として理解はしよう。俺が理解できなかったのは、そこで大音量の音楽が流れていてクルマがいっぱい停まっていて現地人がたくさん集まってきているにもかかわらず誰も踊ってなどいないし騒いでもいないことだった。グループ同士かたまってただ談笑しているだけなのである。
だったら音楽いらねえだろ!!!
バズーカ砲を三発ぐらい撃ちこんでやりたい気分だった。俺が立っている7階の窓からビール瓶を投げこんだらどうなるのだろう。同じ寮に住むアル中おやじなら確実に実践していただろう。 「ぼくアルカイーダ。いま港に時限爆弾しかけたんだ。一時間後に爆発するからよろしくね」 誰かタヒチ警察にイタズラ電話してくれないか。さすがに一発で静かになるだろうが港の前に泊まっている俺は避難させられるに違いないから結局寝られないことに変わりはない。仕方がないのでウォークマンを聴きながらベッドで横になっていた。寝られたのは4:30くらいだったはずである。
目覚めた時には完全に日が上がっていた。10:30。乗るはずだったモーレア島行フェリーは8:00発。正月特別料金のタクシーとフェリーより運賃が三倍高い飛行機を乗り継いで行かねばならなくなってしまった。一万円以上を奮発して港の真ん前に泊まった意味が全然ない。 「一年の計は元旦にあり」ならば。2003年の旅行もとんちんかん満載なものになるのだろう。読者の皆さんにはそっちのほうが面白いのかもしれないけれど。
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